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大学の時の備忘録〜社会心理学〜

以下は備忘録です。大学院の時に社会心理学を学んでおり、そのときの講義、参考書、文献のメモです。そのため、申し訳ありませんが、引用元の明記および引用範囲が明確ではありません。間違っている場合も多いにありえます。参考にされた方はご了承ください。

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Chapter7 対人関係

他者との関係こそが、人間の本質である。

関係の中で、相手について知ったり理解したりするときの「認知」のしくみ、時には身体的反応をも伴うような強烈な「感情」の働き、そして関係を続けようか避けようかといった「意思決定」の過程などを明らかにする。

 

SECTION1 対人魅力の要因

友人関係、異性関係のビジネス関係など、さまざまな場面で作用する「対人魅力」の規定要因について考える。

 

・親近性

人間は「単純接触効果」によりよく目にする相手に対しては、魅力の基本レベルが高くなっていると考えられる。加え、接触を重ねることで、情報や経験の共有を行い、親密度は増していく。

アメリカの大学寮で行われた古典的な調査では、隣同士はもちろん、会は違っても、お互いに階段に近いなどの理由から、接触頻度の高い部屋同士の住人同士は、その後も長年にわたって親友関係にあることが確かめられている。(Festinger et al., 1950

 

・類似性

自分と似た性質を持つ物に対して、人間は魅力を感じやすい。新年や態度の似た人、価値観を共有できる人、出自や経歴、現在置かれている社会的地位が近い人のことで、そうでない人間よりも好きになりやすい。逆の因果関係も想定できることに注意。

類似性を独立変数(目的変数)として操作した実験的な研究の結果から見る限り、類似性が魅力の原因として影響する可能性は高い。例えば、あるテーマについて、自分と態度の似た他者と似ていない他者が大勢いる中で、自身との類似性が高い人ほど、より魅力を感じやすくなる。(Byen & Nelson, 1965

学習理論の立場から、類似性が「報酬」として、作用するという説明が可能である。自分と同じ態度や信念を持つ人がいるのを知ることは、自身についての支持や確証を与えてくれる。反対に、ある種の対人関係や集団において、異なる能力や性格がうまく補って機能することで、目的や課題を達成することができるのは事実である。これを「相補性(Complementary)」の効果という。

 

▲魅力のマッチング仮説(Feingold, 1988

人は社会的地位、教育の程度、さらには外見上の魅力に対して、様々な点で同じ程度に望ましい属性を持つ他人に魅力を感じやすい。

「期待-価値(Expectancy-value theory)」からの説明が試みられる。誰からみても、魅力の高い人と親しくなれば、満足感(価値)は大きいが、競争率が高いので、拒絶(期待)される可能性も高い。魅力に自信のない人は、やはり人気のなさそうな人に接近して最低限の満足を得ようとするかもしれない(Lee et al., 2008)。

 

・返報性

自分に魅力を感じてくれる人にたいして、好ましい感情を抱くことを「魅力の返報性(Reciprocity)」という。人をほめることで相手から行為を獲得できるということをしっているので、良好な人間関係を気付くために戦略として活用される。

 

・外見の魅力

外見が、他社への第一印象に大きな影響を与えることは、誰もが日常生活から感じているだろう。

 

・魅力と進化

進化心理学の観点から、男性は他山や趙良くの能力を示唆する身体的特徴をもつ女性に魅力を感じるのに対し、女性は、自分が育児と出産に時間をとられている間に生活の資源を運んできてくれる男性の体力や財力、誠実さに魅力を感じる。

この傾向は、国や文化の違いを超えても報告される現象である(Buss, 1989)。

女性の経済的地位向上に伴って、男性の魅力の要因が変化することも知られている(Eagyly & Wood, 1999)。

 

SECTION2 対人関係

 

・交換関係と共同的関係

交換関係(Exchange relationship

何らかの資源や利益をやりとりしあっている。関係の基本ルールは、交換が公平に行われること、返報性が確保されていること。

共同的関係(Communal relationship)

信頼や相互扶助、必要に応じた資源の分配が基本ルール。当事者にとっては、自己と他者との区別よりも、相手との同一視や連帯感、関係への所属と安心感こそ重要。

 

・交換関係の原理

①満足の基準

交換関係では、自身が投入する資源の寮や損失を上回るだけの利益を得ることが求められる。しかし、関係から得られる満足は、利益と損失の相対関係で決まるわけではない。

満足な重要な基準は、その関係から自分がどれほどの利益を得るに値すると考えているかであり、これを比較水準(Compariosn level)と呼び(Thibaut & Kelley, 1959)、利益から損失を差し引いた成果(Outcome)が、比較基準を上回るほど、人間は満足感を得る。

もう一つの重要な満足の基準は、「代替選択肢との比較水準(Comparison level for alternatives)」である。現在の関係から別の関係に移行するときに得られる満足のことで、それが現在の関係からくる満足を上回らなければ、現状が維持される。さらに、より良好な関係にしようとするなど、主体的にこれと関わろうとする心理過程を「コミットメント(Commitment)」と呼ばれる。

長期的な関係の質を規定するには、このコミットメントが要因である(Rusbult, 1980)。

 

例)

取引先と現在の関係を続けるか、他社に変更しようかを考えている場面などがこれに相当する。現在の取引先との満足は関係を続けることにより得られる利益と、そのために必要なコストとの感情の結果、自社が得られるべきだと考えている利益(比較水準)を上回るかどうかで決定される。そして別の会社に変更したほうが得られる満足(代替選択肢の比較水準)が現在ほどでなければ、取引を続けようとする。また、これまでの関係維持への投資量、仕事の仲間としての一体感、忠誠心などや取引の責任感に起因するコミットメントが強いほど、取引をやめることができない。

 

②衡平と公正

「平等の原則(Equality)」

労力の投入量に関わりなく、関係した者が一律に同等の結果を得ることが正しい。

「衡平の原則(Equity)」

個人の投資量に比例した正か得るのが公正だと考える原則。

 

民主主義社会では、教則が原則となっているが、生存していくためには最低限必要な権利や資源については平等に分けられるべきというのが、基本的な考え。

 

③相互依存関係

人間が自分の得る利益をさいだいかしようとしてなんらかの選択をするとき、それが自身だけではなく、他社の利益や損失を左右する状態のことを「依存」の関係にあるという。

自身と他者との利益が相互に影響しあう場合は、「相互依存」の関係にある。

 

対人関係と認知過程

①他者への配慮

親密な他者のために自分の持つ資源を差し出すのであれば、それは「損失」とは考えないかもしれない。つまり、「犠牲」を払うことは、「損失」を必ずしも意味しない。

犠牲をいとわない態度や、損失を分け合おうと意思を表明することは、共同的な関係が育まれていく過程にとって、重要である(Lydon et al., 1997)。

 

②自己と他者の同一視

関係の親密さが増すと、相手を自己の一部のように、あるいは自己を相手の一部として見なすようになる。それに伴い、自己犠牲的な資源の分配を相手に行うようになる。

親密な関係にある人間の間では、お互いの認知表象が重なり合っていることが、顕在的なレベルと潜在的なレベルの両方で確かめられた(Aron et al., 1991)。

 

SECTION3 愛情と葛藤

 

対人関係の中でも、特別に親密で深い関係は「愛情」という特殊な感情をもとに成立している。一方、愛情の対極にあるのが、敵意や葛藤関係である。

 

愛情を構成する要因

①愛着のタイプ

人間には、容易に人間関係を築いている人がいる一方、親しくなることを避けている人もいる。これを「愛着スタイル(Attachment style)」という。

幼少期に接した養育者の態度や別離などの経験が、成人した後の対人関係への指向性を方向付ける(Bowlby, 1969)。

ボウルビーの理論を発展させたバーソロミューとホロウィッツは、対人関係における「他者」についての一般的なイメージ(認知表象)と自己の認知表象の内容が、愛着スタイルの基礎になる(Bartholomew & Horowitz, 1991)。

①他者は自分が援助を必要とするときに受容してくれるかどうかという期待や新年(他者への評価)と②自己が他者からの援助を受けるに相応しい人間であるかという感覚(自己評価)が愛着の基本要素になる。2つとも、ポジティブな場合「安心型」、逆にネガティブ、「畏怖型」、片方の要素がそれぞれネガティブ「没頭型」「離脱型」とした。

 

②愛の分類

「熱愛(Passionate love)」

手を触れただけで、胸の高まりを感じるといった情緒性が高いもの。生理的な反応であり「」没頭型である。

「友愛(Romantic love)」

感情の高ぶりは強くないものの、相手に対する信頼や寛容、深いところでの相互依存の認識といった過程を伴う物である。長期的な関係で成熟していく。

更に詳細な分析として、スターンバーグの「愛の三角形モデル(Sternberg, 1986)」。

 

葛藤と破局

①葛藤の原因

外的環境の変化子供の誕生や高齢家族の介護など、家族的環境変化もあれば、経済状況の変化、転職や解雇など突発的なものもある。このために生じるコミュニケーション不足は、亀裂や葛藤を引き起こしやすい(Bloger et al., 1989)。

 

▲相手への理想化

理想が高すぎると、現実との違いによる落胆が大きくなるために、関係が上手くいかなくなる。反対に、既婚であれ、相手に理想を持ち続けるカップルのほうが、ポジティブな態度で難局にあたれるため、結果的に関係を持続できる(Murray & Holmes, 1997)。

 

▲性別分業意識

「男性は経済的責任を負い、女性は家事を分担する」というステレオタイプを多くの人は持っているため、これとは異なる役割分担が必要になったとき、心理的負担や、相手への非難が対立を引き起こす。この危険性は、夫婦だけでなくカップルも当てはまる(Denmark et al., 1985)。反対に、「仕事が忙しいので、そのストレスで機嫌が悪いのだろう」と外的環境要因に帰属しやすいカップルでは、相手に対する信頼感や幸福感も強い(Neff & Karney, 2004)。

 

葛藤の解決策

コミットメントを強く持つカップルは、相手の欠点に目をつむることができるが、いざ問題になると、隠すことなく、明らかにして、徹底的に議論する傾向がある(Rusbult et al., 1991)。

また、コミットメントの脆弱性は、低所得層や社会的弱者と言える人々に対して、深刻な影響を与えやすい(Karney & Bradbury, 2005)。

 

SECTION4 援助の関係

生物学的要因

進化心理学の観点から、他者の利益になる行動「利他行動(Altruistic behavior)」をとることが、結果的に自分とのその集団の生存にとって、適応的に働くという説明がなされる。獲得した資源を、個体で消費するのではなく、仲間と分け合うことで、長い目で見ると集団全体に恩恵がいきわたる。この「互恵的利他行動(Reciprocal altruism)」の考えに基づくと、自分と遺伝子を多く共有する他者ほど助けやすくなる(Hamilton, 1964)。

血縁関係の近い親族に対するほど、利他行動は行われやすい(Burnstein et al., 1994)。

 

社会意識

人間は基本的に「他人を助けるべき」と考え、主体的に利他行動を選択する意識的過程が想定される。ここで大きな役割を持つのが、社会的規範である。「助けられたらお返しをする」というルールに基づく行動は、囚人のジレンマの状況でも結果的に双方に利益をもたらす(Axelrod, 1984)。また、「衡平」の原則が顕在化した状況では、自分の投入量異常に大きな利益を得ていると感じた人ほど、利他的な行動でそれを埋め合わせようとする(Schmit & Marwell, 1972)。

 

危機の意識と責任意識

人間は人を助けなければいけないとき、どのような心理段階を経るのだろう。これについては、援助の諸段階を考慮した「意思決定モデル(Latane & Darley, 1970)」が有名。

①何か深刻なことが起こっているという認識

②それが危機的な状況だという認識

③自分に助ける責任があるという認識

周囲にいる人間が多くなると、「責任の拡散」が起こり、助けなくなえる。

④いかに助ければよいかを自分が知っているという認識

⑤援助しようという認識

 

利他的動機か利己的動機か

他者を助けることにより、首位から賞賛され、よい評判が得られる。これは良い行為自体は、利他的だが、利己的な側面も持つのではないだろうか。

被害者に対する「共感(Empathy)」が強く働く状況では、援助行為のかなりの部分が利他的動機に還元できる(Batson et al.,1981)。また、「人間は本質的に利己的だ」という直接的な人間理解は、実際よりも誇張されやすい(Miller, 1999)。

 

他者との関係という文脈におかれた人間の認知と行動を説明するために、人々の間に働く心理的な要因の仕組みと影響を、個人レベルとは異なる、対人的なレベルならではの概念により説明する必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

Chapter8 集団の中の個人

豊かで文化的な生活を行なうための生活手段と経済的基盤を得ることが出来たのは、人々の能力を効率的に組織化した「集団」のおかげであった。社会集団の特徴とは、いったいどのようなものだろうか。集団の中に置かれた個人の行動を規定するのは、どのような心理過程なのか。

 

SECTION1 社会心理学から見た集団

「集団」とは、複数の人々からなる、社会的なまとまりのことである。集団には2つの視点がある。

①互いに依存関係にある人々が、対面的な相互作用を通じて、共通の目標に向かって役割を果たそうとする。社会や学校にように、明確な目標と役割分担がなされた「フォーマル集団」や、近所の「仲良しグループ」までさまざまである。成員同士の「相互作用」と「相互依存関係」が主な要素になっている。これらの基本要素が長期的にわたり維持されることで、集団を他の様々な「集合体」から区別するよりどころとなる。

 

②「意識されることにより、影響力を発揮する」という性質である。自分自身が、ある集団に所属していると意識することあるいは所属していないと意識することは人間の行動を大きく作用する。

例)海外に行くと、日本人であると実感する。このような集団帰属意識は、他者との接し方や物の見方に影響を与える。この場合、「日本人」は社会心理学の概念でいる「内集団(In-group)」として機能し、構成が共通の目標持って相互作用するという意味の「集団」とは異なる。まとまりとして「意識されること」が集団としての存在意義のもとになっているのである。同じことは、自分が所属していない「外集団(Out-group)」についても起こる。

 

SECTION2 「行動する」集団

 

集団凝集性

個人では、不可能な目標の達成を可能にすることが集団の効用であるとすれば、その構成員がそこを去ろうという気を起こさずに最大限の能力を発揮できるようにすることが大切である。成員を集団にひきつけて留まらせよう働く力のことを「集団凝集性(Group cohesiveness)」と呼ぶ(Festinger et al., 1950)

集団凝集性の高い集団には概して、次のような特徴がある。成員たちは目標に向かってお互いに「協力」しあう傾向がある。結果的に、集団の「課題遂行」にもプラスに働くことが多い。過度に集団凝集性の高いグループは、不敗幻想をいだき、内部統制がおろそかになるという危険も潜んでいる。また、リーダーの指示が通りやすくなり、成員相互の影響関係も強い。そして、自身を集団の一員とみなす「集団同一視」の傾向が強くなり、他の集団よりも、自分の集団に対して「ひいき」する傾向も顕著である(Karasawa, 1988)。

 

集団規範

集団の中では、どのような行動が適切で、どのような行動が不適切であるかという信念が共有されている。これが「集団規範(Group norm)」である。規範には、高速や社訓のような明文化されたものもあれば、暗黙の物まである。つまり、無視されると言う暗示的な形を取ることもある(Levine, 1989; Schachter, 1951)。

 

課題の遂行

①社会的促進

19世紀の末にトリプレットが行なった研究は「社会心理学の中で最古の実験的研究」だと言われる(Triplett, 1898)。彼は自転車のレールや釣竿のリールを巻くような単純な作業をする際は、1人よりも他者との一緒に課題を遂行したほうが、成績が良くなることを示した。これを「社会的促進(Social facilitation)」と言う。しかし、容易な課題の遂行は、他者の存在によって促進されるが、難しい課題を実行する場合には、かえって成績は低下する。ザイアンスは、こうした一貫性に欠ける現象を「動因(Drive)」という原理で説明できるとした(Zajonc, 1965)。つまり、成績の向上には「頑張り」が、また低下には「気が散る」過程が関与しているという具合に、別の過程が想定するのではなく、どちらも共通の過程が異なる形で現われただけと説明した。この「動因仮説」の中で、他者がそばにいるというだけで、生理的な覚醒水準(Arousal)が高まるという考えを提唱した。一般に覚醒水準が高くなると、その固体が持つ「反応レパートリー」の上位にある行動が起こされると言うものである。これを課題遂行に当てはめると、難しい課題では、誤りを犯すことになるが、また簡単な課題遂行では上手く遂行することが反応レパートリーの上位にある。結果として、容易な課題では成績の向上、困難な課題では低下と言う結果が、それぞれの他者によって「促進」されるのである。他者がそばにいるだけで、単純に覚醒が起こるのか、それとも気が散るために起こる注意の葛藤からくるストレスや、他者からの評価(評価懸念)によるものなのかは、議論の余地がある。

 

②社会的手抜き

集団状況におかれるため、本来なら発揮できるはずの個人の能力が活かされなくなる場合もある。多くの人と一緒に叫ぶときの声の大きさや、手を打ち鳴らす強さも、1人のときよりも集団状況の方が低下する(Ingham et al., 1974)。これが「社会的手抜き(Social loafing)」である。集団としての遂行(performance)のレベル(生産の質や量、成績)が

個人のそれよりも劣る現象については、原因は様々である。

①個人間の「相互調整のロス(Coordination loss)」

綱引きの力の入れ方で、個々人で異なれば、結果は当然として個々人の総和として弱くなる。チーム内のコミュニケーションに障害があれば、個々人の意思は上手く結集できない。相互調整のロスが起こらないように、いっせいに実力が発揮できる環境を用意したとしてもなお、他に人がいるというだけで責任の拡散が起こって、課題に取り組む動機付けが低下し、吸い香料が減少する(Latane, 1981)。

このような現象は加算的な課題(綱引きや声だし)のようなときに起こりやすく、集団の中でもっとも成績の良い人の成果が集団全体の成果となるような場合は、手抜きが起こりにくい。特に、課題が集団やその成員にとって重要や、魅力的である場合、集団状況に置かれたほうが良いことも示される(Karau & Williams, 1993)。

 

 

SECTION3 集団の構造

集団内の地位

集団の内のポジションには、何らかの評価が付与されていることが多い。これが「地位(status)」である。ある位置の持つ地位は、他人からみた威光(Prestige)が基準になる場合と本人の満足が根拠になる場合もある。また集団の目標と関連する能力や特性を根拠に付与される地位もあれば、直接は関係ないものもある(年齢、人種など)。低地位に置かれた人は、高地位からの社会的影響を受けやすい。

 

役割

集団内で、ある地位を占める人が取るべき行動として周囲から期待されたものの集積が役割(Role)である。役割が分化することで、集団目標のために各成員の貢献が効率よく組織化され、集団の機能も安定化する(Bales & Cohen, 1979)。

役割の内容が明確化されていれば、仮に成員が集団を離れるようになっていても、別の人への置き換えがスムーズになるためである。

 

コミュニケーション構造

どのようなコミュニケーション構造を持つ集団が成果を挙げることができ、成員も満足できるかという問題は、古くから取り上げられているテーマである(Leavit, 1951)。

一般に単純な課題に対しては「車輪型」のような情報を集中化できる構造の方が高い生産性を生む(Shaw, 1954)。課題が複雑になると、鎖型や円環方は一見適しているように見えるが、情報伝達に時間が掛かるという欠点があり、完全連結型は、複雑になりすぎる。

 

SECTION4 「影響する」集団

 

集団への同調

集団に所属すると、ときには自分自身の意見や信念を曲げて、多数派に従うことがある。集団への「同調(Conformity)」である。アッシュの実験では、線の長さを選ぶ問題で答えを選ばせると、1人の場合は99%以上が正解だが、協力者を混ぜると30%が誤って答えた。

同調の起こりやすさと大きさを規定する状況要因としては、集団凝集性が高いほど、その集団での地位が低いほど同調が増大する。また、個人要因としては、自尊感情が弱い人はや神話欲求が強い人は同調しやすい(Asch, 1951)。

ジェラードは同調の原因として「情報的影響」「規範的影響」の2つを提唱。情報的影響「多くの人の判断や行動は『正解』に近い」という信念に基づいている。規範的影響とは、「他の成員との異なる行動をとり、集団の和を乱すことを避け、承認や賞賛、集団の一致を得ようとする動機付け」である(Deutsch & Gerard, 1955)。

 

周囲も自分と同じ?

規範的影響のもとで、自分が変わりものだと見られることを避けようとするだけではなく、自分と同じ考えをもつ人たちが、実際よりも多くいるかのように錯覚を起こす。こうした合意性の課題推測は「フォールス・コンセンサス効果(False consensus effect)」という。

反対に、集団内で実際には、多数者側の意見や立場を持っている人たちが、自分は少数者であると錯覚したため、周囲からの拒否を恐れて沈黙してしまう場合もある。多数者の意見が表明されないために、本来なら集団を代表する意向だったものが抹殺されてしまう(Prentice & Miller, 1996)。これは「集合的無知、多元的無知(Pluralistic ignorance)」と呼ばれる。これがマクロな現象になると、沈黙の螺旋や情報のカスケードと複合する可能性が考えられる。

 

少数者の影響と革新

多数者に反発する勢力が集団を改革することによって、環境の変化に適応するという例は、歴史上数多くある。

少数者が影響力を持つためには、いくつかの条件が必要である。ある争点について、一貫して異論を唱え続けること、ただしすべての点で「変わり者」なのではなく、問題となる争点以外の属性では多数者と共通点も備えていることなどが重要である。集団が外的な脅威にさらされるなどして変革や独自性が求められ、多数者が自分たちの観点を根本から疑うような状況では、少数者が力を得やすい(Nemeth, 1986)。

 

社会的勢力

ある人物や組織が他の人々の行動を左右する力、つまり影響を及ぼすに至る潜在的能力のことを「社会的勢力Social power)」と呼んだ。

レイブンらは、社会的勢力の源泉に着目しながら、「報酬勢力Reward power)」と「強制勢力Coercive power)」に分類した。「アメと鞭」のことで、賞罰を与えることができる人がもつ影響力であり、勢力者の要求に従わせるためには、監視が必要(French & Raven, 1959; Raven, 1965)。専門勢力Expert power)は専門家なので正しい知識がある。参照勢力Referent power)は、その人のようになりたいからという理由で、追従者を生む力である。情報勢力Information power)は、行使する人ではなく選択しそのものがもつ情報に依拠するものである。

SECTION5 「意識される」集団

 

集団は、典型的には成員同士が相互作用し、しかもある成員の立場や行動が他の成員に何らかの影響をもたらすという依存関係をもつものである。キャンベルは類似性の高い人同士、近くにいる者同士の集まりには、社会的実体としてのまとまりが知覚されやすいと考えた。これが「集団無実性(Group entitativity)」である(Campbell, 1958)。

 

集団の責任

集団として、実体性が知覚されると、個人に対する時と似た情報の処理が行われる(McConnell et al., 1997)。集団が攻撃行動や反社会的行動をとった場合には、その責任を特定の個人にではなく、集団全体に追わせようとする。つまり、集団に働く独特の心理状態が、通常では考えられない行動を引き起こす(Lickel et al., 2001)。

 

Chapter9 集団間の関係

 

自身が所属する集団のことを社会心理学の概念では内集団(In-group)と呼び、それ以外の集団を外集団(Out-group)という。集団間の関係において、重要な心理学的課題とは、集団間態度に関するものである。集団間態度の認知要素として、位置づけることが出来るのがステレオタイプである。これに好き、嫌い、不安、恐怖、怒りなど感情を含むと偏見となる。また、これらは差別になることが多い

 

SECTION1 ステレオタイプ、偏見、差別

対立の起源

敵意や対立感情などネガティブな内容をもつ物が問題となる。ここでは、実際的利害の衝突(Realistic group conflict)に基づく考えがある(Sherif et al, 1961)。

外集団の存在が、自分たち内集団の目標達成にとって邪魔になるという情況である。こうしたもとでは、相互依存関係の下では、当然、外集団に対する敵意や嫌悪感情が発生する。

シダニアスらは、他者を支配する力を備えたものが高い地位に上るのは当然だと言う信念社会的支配傾向(Social dominance orientation)とよび、これが偏見の強さに結び付いていることを明らかにしている(Sidanius & Pratto, 1999)。その後、格差がある現状を維持することを望むような心理過程が起こり、これはシステム正当化理論(System-justification theory)という(Jost et al., 2001)。また、弱者に対して偏見を持ってはいけないと分かっているが、できない。自分が偏見を持っていることを知られたくないために、知らないうちに相手集団との接触を避ける傾向(Aversive racism)がある(Dovidio & Gaertner, 2004)。

 

SECTION2 認知過程とステレオタイプ

目立つ事例の影響

その一例が「利用可能性ヒューリステック」に基づく、ステレオタイプである。目立つ事例や記憶に浮かびやすい事例は、実際に起こっているよりも頻繁に、数多く生起していると錯覚されがちである。単に少数者派であるというだけの理由で、人目を引きやすい集団の成員が、すこしでも「通常」とは異なる行動を示すと、「あの集団は○○だ」と知覚される。この現象は、「錯誤相関(Illusory correlation)」という(Hamilton & Gifford, 1976)。

例としては、黒人は犯罪者が多いのではないかと考えること。

 

カテゴリー化

私たちの認知システムは、お互いに似ているものを分類することによって、効率よく情報を処理できるようになっており、カテゴリー化(Categorization)もステレオタイプのもとになる。カテゴリー化することで、カテゴリー内で混同が起こる危険性が考えられる。しかも、この混同、つまり過度の一般化は、外集団にとっても起こりやすい(外集団均質性効果:Out-group homogeneity)。内集団に対しての差異は良く見えるのに、外集団については類似性や典型的な属性が目に付く(Judd & Park, 1988)。

 

判断基準の使い分け

偏見は「能力はないけど、いい人だ」という微妙な形になる。このように、対人認知の基本次元である能力(Competence)と親しみやすさ・温かさ(Warmth)の使い分けが、偏見の維持と関わっていることを指摘したのがフィクスらのステレオタイプ内容モデル(Stereotype content model: SCM)である(Fiske et al., 2002)。つまり、能力判断は対象集団の社会的地位に基づき、温かさの判断は「競争の相手が敵か(味方か)」であるかに基づいている。このモデルの優れた点は対象集団を温かい(味方)とみなすか冷たい(敵)とみなすかによって、積極的な面での「助成(Facilitation)」と「危害(Harm)」のどちらかが起こりやすいかを予測できる点である。一見矛盾するような関係も、差別的な反応を複合的に理解するための枠組みなのである。

 

SECTION3 集団所属意識がもたらすもの

固有な社会的実態としての集団が認識される状況で、当の集団を構成する成員たちの間には、どのような心理過程が働くのだろうか。

 

社会的アイデンティティ

タジフェルによる社会的アイデンティティー(Social identity theory)(Tajfel & Turner, 1979)は、このように自身を集団の一部として自覚し、集団における成員(membership)を自己の属性の1つとして、認識する過程に着目。こうした自己同一化の認知に、誇りや愛着といった感情が混じったものを社会的アイデンティティーとよんだ。

 

自己概念と集団

ターナーらの自己カテゴリー化理論(Self-categorization theory)(Turner et al., 1987)は、より上位または下位におかれたカテゴリーのうち、どれが最も意味のある社会的アイデンティティーを自己に付与してくれるかというと、それは、外集団他者と自己との差異をできるだけ際立たせ、なおかつ内集団の仲間との類似性を明確にしてくれる集団である。つまり、自己の立場を明確に示してくれるような社会的アイデンティティーを与える、適度な包含性(Inclusiveness)をもった集団が、内集団として意識されやすいのである。

 

認知や行動への影響

ポジティブな社会的アイデンティティーを求める傾向は、内集団ひいき(In-group favoritism)あるいは内集団バイアス(In-group bias)と呼ばれる現象である(Brewer, 1979)。第三者の視点から客観的にみて優劣の差がないと思われる集団同士であっても、成員たちはお互いに、内集団のほうが外集団よりも人格や能力において優れていると評価したり(Ferguson & Kelley, 1964)、外集団成員の望ましくない行為はよく記憶しているが内集団構成員にとって、都合の悪いことは忘れてしまっている(Howard & Rothbart, 1980)。行動面での差別も起こる。内集団には、より多くの資源や報酬が分け与えられがちなのである(Brewer & Kramer, 1986)。

 

原因の説明

内集団成員の望ましい行動は、一般的に内的な原因で説明されやすいのに、望ましくない属性は、外的な原因に帰属されやすい。外的集団に関しては、この逆である。(Hewstone, 1990)。

原因帰属バイアスは究極的帰属エラー(Ultimate attribution error)とよばれ、偏見やステレオタイプの維持に貢献する。内的要因への帰属は、行為者に関する先入観を確証するが、外的原因情報は行為者自身への評価について曖昧さを残す。

 

望まれないアイデンティティ

低い地位に置かれ、少数派であるため、ネガティブなアイデンティティーを負わされた人々には、どのような心理過程が作用するのか。まず、内集団の劣っている明らかな次元で、他の集団と比較することは諦めて、自分たちの得意分野を探すという方策が採られる(Cadinu & Cerchioni, 2001)。また、そのような次元を見つけることができた集団構成員は、自己評価を防衛することが可能である(Derks et al., 2006)。加えて、このような次元が見つければ、その内集団の「まとまり」や一体感を強調した認知や判断が起こりやすい(Karasawa et al., 2004)。低い地位に長く置かれると、失敗の判断が「自分」なのか「他人」にあるのか分からない。メイジャーとクロックはmこうした葛藤を原因帰属における曖昧さ(Attritional ambiguity)という。内集団の仲間が受ける差別には敏感でも、自分が受けている差別は認めたがらない傾向は、北米や日本でも見られる(浅井、2006Ruggiero & Taylor, 1997)。

SECTION4 集団間の感情

不安感情は先入観などに基づく簡便な情報処理を促しやすいので、ステレオタイプ的な認知が活性化し、それがもとになりさらに不安が喚起されるといった、相乗効果を起こす可能性がある(Wilder & Shapiro, 1989)。

 

感情の認知的評価

認知的評価理論(Congnitive appraisal theory)と呼ばれる考え方によると、私たちの感情、中でも喜びや悲しみのような「情動(Emotion)」と呼ばれるタイプの感情経験は、その原因となるできごとが、どのような状況で起こったと解釈されるかしだいで内容が変化する(Lazarus & Smith, 1988)。例として、その原因が外集団にあると解釈され、内集団のほうが強者である場合「怒り」が内集団に発生するが、内集団への攻撃であり、内集団が弱者である場合、「恐れ」が経験される。外集団の影響によって、好ましくない思想が侵入してくるという認知は働くと、汚染物質が流入してくる「嫌悪感(Disgust)」や、象徴的な意味での「脅威」が喚起される(Stephan et al., 2009)。

 

集団間情動理論

認知的評価に基づく、集団の感情は、集団への同一視により促進される。その過程を集団間情動理論(Intergroup emotion theory)としてマッキーらは纏めている。例として、「麻薬使用への法的制裁強化」という争点について、「賛成」「反対」の集団に参加者を分け、相手に抱く情動を研究している。自分側の意見に強く同一視するほど、反対意見の集団に怒りの感情を持つことを示した。集団の同一視に応じて、集団の情動が増大した。(Mackie, et al., 2000)。

 

集団的罪悪感

過去において、内集団が犯した行為について抱く罪悪感(集団的罪悪感;Collective guiilt)は、集団同一視の程度に影響する(Doosje et al., 1998)。

内集団が被害者になった場合を想起すると、自分たちの加害行為に対する罪悪感が軽減する(Wohl & Branscombe, 2008)。

SECTION5 対立の解消

「どうすれば偏見や差別はなくせるのか」という問題は重要である。

 

接触仮説

集団間の接触回数を多くして、知識を得させれば、偏見はなくなるはずだ」という声は良く聞く。これは接触仮説(Contact hypothesis)という。接触仮説が成立するためには、以下の条件が必要。

①地位の対等性

共同作業にあたる同僚のように対等の地位にあることが望ましい。上下関係からは、親密な関係は生まれない。

②協力関係

共に活動することが双方の利益になるような協力的関係が必要である。協力の結果は成功である必要がある。失敗は、原因の擦り付けあいになる

③反ステレオタイプ的情報

ステレオタイプをやぶるような特徴を持っていることが、偏見解消が前提である。

④典型性

ステレオタイプに反する特徴を持つ外集団成員と接触しても、その人が例外的だと認知されれば、集団全体に関する印象が好転することはない。このような例外化はサブタイプ化(Subtyping)と呼ばれる。集団にとって典型的な成員が反ステレオタイプ的な面を見せると、その他の成員にも一般化されやすい(Johnston & Hewstone, 1992)。

 

間接的接触

自身が友好的な接触をしていなくても、自分の友人の中に仲の良い外集団の知り合いをもつ者がいると、その集団に対する印象が良くなる。これを拡張型接触効果(Extended contact effect)とよばれ、エスニック集団など現実の集団から、人工的に作り出した実験室集団にも広く見られる(Wright et al., 1997)。拡張型接触は、集団間の不安を提言させると同時に、外集団成員に対する自己開示を促進し、それらがさらに態度の改善に繋がることも示されている(Turner et al., 2007)。

 

脱カテゴリー化

交差するカテゴリー情報が数多く与えられると、個々のカテゴリーの情報価値が希薄化され、ステレオタイプの影響は軽減されるかもしれない。これはブルワーらによる脱カテゴリー(Decategorization)である(Brewer & Miller, 1984)。カテゴリーの成員ではなく、一人の人として接する試みである。

 

共通のアイデンティティ

むしろ、お互いの差異を認めた上で、同じ共同体や社会に属しているという一体感を育てる、再カテゴリー化(Re-categorization)のほうが協力関係を築けるかもしれない。これがガートナーとドヴィディオの共通内集団アイデンティティーモデル(Common ingroup identity model)である(Gaertner & Dovidio, 2000)。個々の集団の下に下位集団を設けることにより、集団同士に好意的な関係が形成されるかもしれない。集団の状況に応じて、集団に最適なグルーピングが重要である。

 

 

 

Chapter10 コミュニケーション

SECTION1 言語的コミュニケーション

 

コミュニケーションのルール

コミュニケーションとは、情報の送り手と受け手との間にある、共同作業である。送り手は、受け手の理解の過程を先読みすることを求められるし、受け手もそのことを承知の上で、送り手の意図を読み返すということをお互いに行っている。

コミュニケーション・ルールについて、言語哲学者グライスは以下のような会話の格率(Maxim of conversation)の存在を指摘(Grice, 1975)。

① 量の格率:必要なことはすべて述べ、必要以上に多くの情報は送るな

② 質の格率:真実だけをのべ、確証のない情報や嘘の情報は送るな

③ 関係の格率:受け手にとって無関係な情報は送るな

④ 様態の格率:曖昧な表現、わかりにくい表現は避け、簡潔で順序だった述べ方をせよ

 

「あれとって」という会話が成り立つのは、「あれ」の指すものが自分の理解できる範囲にあるに違いない、つまり、「関係の格率」が守られているはずと、受け手が信頼しているからである。

 

言語行動と対人関係

比喩は「関係の格率」を前提にとしている。比喩は、理解する努力を相手に強いる代わりに、それを通じて対人的に親しくしようとしているというサインである。円滑で奥行きのあるコミュニケーションが可能になる。

 

アイロニー(皮肉)は、「質の格率」を破ることによって、さらに強い意味を生じさせている(岡本、2006)。対人関係において、相手の体面を脅かさない、つまり礼儀正しくコミュニケーションを行うというポライトネス(Politeness)のルールも重要な働きをする(Brown & Levinson, 1978)。たとえば、ものを頼む行為を考えても、「○○してくれない」と気軽な表現を使った方が相手も緊張しなくてすむ半面、それが失礼と当たることが分かっている相手には「○をお願いできますか」という表現が用いられている。ポライトネスのルールは、上で述べた依頼、申し出、謝罪、感謝、悪い知らせの伝達など、さまざまな文脈で効力を発揮する(岡本、2006)。

 

共通の基盤

ファッセルとクラウスの実験。曖昧な図形を数多く示し、それについて「自分に伝える場合」の記述と、「他人に伝える場合」の記述をさせたところ、前者は、特徴だけを短い言葉で記すのに対し、後者では、細部にまで言及した精緻な記述が見られた(Fussell & Krauss, 1989)。これは、共通の基盤(Common ground)を持たない他社への、配慮の結果だと考えられる(Clark, 1996)。こうした言語の変容行動は、受け手へのチューニング(Audience tuning)と呼ばれる。

 

SECTION2 非言語的コミュニケーション

空間距離

物理的距離は感情の親密さを表す。個人差もあれば、性差、文化差などもある。ただし同じ集団や文化の中だけをみると、対人的な遠近に応じた「適切な距離」がある。

 

視線

他人の目を凝視することは、あるときには親しみを表す一方、敵意の表れとも感じられるときがある。アージャイルらによる研究では、会話において、聞き手の全体の時間の約75%、話し手は41%の間、相手の目を見つめている(Argyle & Ingham, 1972)。

 

顔の表情

表情の中には、文化を超えて、共通の意味をもつものがあるという可能性は指摘されている(Darwin, 1872)。幸福、怒り、嫌悪、恐怖などの基本感情は通文化的に理解が共有されている(Ekman, 1972)。

 

ジェスチャー

身体の一部を動かすことも情報伝達の手段となる。ボディ・ランゲージである。

 

近言語

言語的な意味内容を伴わない音声情報、「間」の置き方や、せきなどは近言語(Paralanguage)といわれる。

 

SECTION3 社会的関係とコミュニケーション

社会的地位と言語

コミュニケーションの内容と様態は、当事者間の社会的な関係に大きく左右される。最もわかりやすい例は「社会的地位」の影響である。日本語では、地位に応じて、適切な言葉を選ぶことが求められる。また、低地位集団の成員のほうが、高集団地位の成員である相手へと言語的特徴を合わせる(応化)行動に出やすい。ジャイルズらの話体応化理論(Speech accommodation theory)(Giles & Coupland, 1991)によると、これは「収束(Convergence)」と呼ばれる現象で、高地位集団からの需要や是認を求める動機のためである。反対に、低地位集団が、アクセントを誇張して、高地位集団と差別化を図る場合もある。これは拡散(Divergence)である。

 

隠す行為と見破る行為

嘘をつかれている側が、これを見破る能力は一般に考えられているほど高くない。一般に女性のほうが男性よりも見抜くのが得意だといわれているが、それは非言語的手がかりに関することで、言語的な嘘を見破る能力の差は小さい(Depaulo, 1994)。

 

SECTION4 コミュニケーションと認知

伝達と認知の共有

コミュニケーションを行うことで、当事者の認知が変わることもある。とくに「共通の基盤」に基づいてコミュニケーションの結果として、これに加わる人々の間に共有された認知表象が形成されるのである。これを実験したのはヒギンズである。まず実験の参加者は、ある人物に関する情報を受け手に伝達するという送り手の役割が与えられる。そのさいに、ターゲットのことを受け手が好きだと思っていることが知らされている条件では、ターゲットの良い面を強調したコミュニケーションが行われ、逆に嫌っている場合は、良くない面を強調したコミュニケーションが行われた(Higgins & Rholes, 1978)。これも受け手へのチューニングである。重要なことは、受け手への配慮により内容を変容させたはずなのに、送り手自身がそれと一致するような認知をおこなうようになった。情報を伝達した後で、送り手自身がターゲットに対して抱いていた印象が、望ましい内容を多く伝えた後では好意的に、望ましくない内容を多く伝えた場合は非好意的な印象が形成されていた。

 

印象を表す言葉

好ましい印象を持っていた人が他人を助けるところを目にしたとき、「親切な人だね」という表現や解釈がおこなわれやすい。しかし、嫌いな人が同じことをしても、せいぜい「手を貸した」「手伝った」くらいの表現ですまされることが多い(Maass, 1999)。

このような現場を目撃しても「嫌い」という印象を変更するに至らないのである。これを言語期待バイアス(Linguistic expectancy bias)といわれる。英語などの欧米言語だけではなく、日本語でも確認されている(Karasawa & Maass, 2008)。これは集団間でも同じである。内集団には好意的、外集団には非好意的な言葉が用いられる。これを集団間言語バイアス(Linguistic intergroup bias)という。

 

情報伝達の影響

コミュニケーションが行われていく過程で、もっとも共有度が高い情報が集団やネットワークで生き残っていく。広く共有された例が、ステレオタイプである。簡潔な要約として役立つからである。対象となる集団や成員について、要領よく情報を伝達する手段となる(Karasawa & Suga, 20008)。ステレオタイプ的な情報伝達をすることによって、さらに強固な印象や信念が形成される(Wigboldus, 2000)。また、伝達過程で、ステレオタイプ情報が多くなることも、連続再生法によって確かめられている(Kashima, 2000)。双方向に情報が伝達される会話でも、ステレオタイプに一致する情報が多くなる(Ruscher et al., 1996)。しかし、合意を形成する、正確な判断を下すといった条件の中では、ステレオタイプに影響をされまいとする過程が働くため、これに反する「意外な」情報のほうが話題になりやすい。

 

わかりやすいことが伝わりやすい

インターネットの情報交換を調べた研究によると、話題の内容を強く規定していたのは、選手の成績ではなく、どの程度メディアでとりあげられているかという知名度だった(Fast et al., 2009)。

SECTION5 コミュニケーションとしての対人行動

予言の自己成就

コミュニケーションを介することによって、単なる思い込みが実現するようになること。 社会学マートンが予言の自己成就(Self-fulfilling prophecy)と名付けた。これは社会心理学では、行動的確証(Behavioral confirmation)の過程ともいわれる。

 

地位関係の影響

実験状況で、地位の高い役割と低い地位の役割とに参加者を振り分け、高地位者側に与えられた期待は、これを確証する行動を低地位者から引き出しやすい一方、低地位者のもつ期待は必ずしも、自己成就しない(Copelan, 1994)。教師期待効果(Teaching expectancy effect)についても多く示唆を与える(Rosenthal & Jacobson, 1968)。生徒の能力について教師が期待を持つと、それが実際の成績となって自己成就するというものだが、そこには教師-生徒という社会関係が影響しているかもしれない。

 

Capter11 ソーシャルネットワーク

「世界は人と人のネットワークで成り立っている」。人間は、集団の中で、自分が占めるネットワーク上の位置が自分の行動にどれだけ影響を与えているか、自覚的になることはない。人と人の間のネットワークを「ソーシャルネットワーク」と呼ぶが、人間の行動はネットワークの影響にどのように規定されるのか。

 

SECTION1 ソーシャルネットワーク研究

ソーシャルネットワークの中の人間の行動を研究するアプローチは多彩である。歴史的な先駆者はラザスフェルドである。人間の政治行動がソーシャルネットワークの中で、オピニオンリーダーを中心に展開していることを明らかにした(Lazarsfeld et al., 1944)。ここで、提案されたネットワークモデルは、マスメディアがもたらす影響力がオピニオンリーダーに及び、オピニオンリーダーから集団の中のフォロワーへと影響が伝わる「2段階の流れモデル」である。多くの人は、映画を見るにも、買い物するにも、投票をするにも、周囲にいる「少し詳しい人々」、つまりオピニオンリーダーの考えを念頭に置きながら、行動するのであり、オピニオンリーダーはマスメディアに接し、その内容を選択的に受容することで、周囲の人々にふさわしい情報や行動の選択のモデルとなっている。また、オピニオンリーダーは、マスメディアの影響をシャットアウトする時もあれば、積極的に指示する傾向もある。オピニオンリーダーは、サークルの頼りになる人、環境問題に意識が高い人、役立つブログを書いている人などが、可能性がある。

 

イノベーション研究

1960年代には、ロジャースがイノベーション研究を確立し、消費者行動分野に決定的な影響を与えた。この研究で明らかにされたことは多い。オピニオンリーダーが集団の内側と外側をつなぐ橋渡し的な役割を果たすブリッジ(Bridge)というネットワーク上の位置を占め、それこそがイノベーションを導入する決定的な位置になる。

また、ネットワークのまとまりをクリーク(Clique)の協会を超えて外側に伸びるリンクを持つ位置にある。オピニオンリーダー2つの方向性を持つ。

イノベーション導入の入り口になる

②その評価がプラスに働くためには、同時にクリークから受容されなければいけない

つまり、オピニオンローダーがこの集団から与えられた「信用供与(Idiosyncrasy credit)」(Hollander, 1985)の範囲内でそれを受容できるかどうか、つまりオピニオンリーダーの情報は信用できるかどうかを判断する。

また、ロジャースはイノベーションの採用の時期による「採用者カテゴリー(adopter category)」の概念を構築。最早期の採用者で、他者への影響が限定的なイノベーターとオピニオンリーダー(初期採用者)、リーダーの影響を受けるフォロワー(追随者前期・後期)、すべてに遅れているラガード(遅延者)という分類のことである。

 

スモールワールド研究と弱い紐帯(ちゅうたい)

 

ミルグラムが注目したのは、人と人との繋がりの広さ(世間の狭さ)である。「スモールワールドテクニック」という手法を通じて、「世界が狭い」ことを実感させる(Travers & Milgram, 1969)。アメリカ中西部のネブラスカでランダムサンプリングされた故人からスタートし、「知人」だけで手紙をリレーし、「ボストンのブローカー」まで「つなぐ」実験である。

参加者は、ブローカーに手紙がたどり着くことを目指して、自分の知人の中で誰がその人を知っていそうかを考えながら、手紙をリレーしていく。すると、リレーポイント数の中央値は「6」であった。このような「世界の狭さ」は、私たちは日頃それほど親しくもない人々を自分のネットワークの一部として、保持しようとしていることに由来し、このネットワークを「弱い紐帯(Weak tie)」という。それを実証したのはグラノヴェッターである。転職の際に人々が用いた有効な情報源がしばしば、日常の親密なコミュニケーションのネットワークの中にはなく、弱い紐帯からのものであった(Granovetter, 1974)。

同じ集団の中の人々は異なる集団に属する人間よりも、類似した情報を共有している可能性が高い。それは類似の情報源、考え方の類似性、経験や場の共有などが原因である。つまり、弱い紐帯の人々は、日常の知り尽くした情報ではなく、異質な情報を手にして入るのである。知人の知人ともなれば、全く異なる情報であろう。

 

ネットワークバッテリーとスノーボール調査

バートは、1980年代に「総合調査」という著名な全国調査に、ソーシャルネットワークを測定するネットワークバッテリーという質問群を入れた(Burt, 1984)。たとえば、「重要な他者」は誰かを数人尋ね、そのそれぞれの他者と対象者との間柄や他者の社会的属性を答えてもらい、他人が持って入るだろう意見を推測させるもので、結果として一般の人々がどんな形で「重要他者」に囲まれており、その重要他者とどんなつながりを持っているかを明らかに出来る。ハックフェルトは大統領選挙でスノーボールサンプリング調査を行なった(Huckfeldt & Sprague, 1995)。回答者の周辺も雪だるま式に調査するものであり、客観データを示すことを可能にした。人がネットワークをどう見ているのかという主観、ネットワーク上の他者自身はどう考えているのか客観との間のズレがどうなのかを明らかにする。自分の周囲の他者の投票先について、人は6割程度の正確さで認識しているが、こうした正確な認識は他者の影響力を強めるものであった(池田、2000)。

 

 

 

SECTION2 ネットワークの構造と資源

ネットワークの基本的な構造として、弱い紐帯と強い紐帯の徳性に注目する。あなたが趣味のサークルに属していれば、中のメンバーには、強い仲間意識のある強い紐帯だけではなく、それほど日常的にも交流しない弱い紐帯でしかないメンバーも入るだろう。集団が大きくなればなるほど弱い紐帯はおおくなる。

「強い紐帯」とは、基本的に同じクリークの中で親密さや互恵的な交流の多い人々との間のリンクである。「弱い紐帯」とは、クリーク内の中退よりも、クリークから外に出て行く紐帯に多く見られる。弱い紐帯が多ければ多いほど、外部との交流が盛んなことになる。

人間は、通常さまざまな集団(親族、職場、近隣、趣味など)に属しているから、そのそれぞれで強い紐帯・弱い紐帯を多様に維持している。こうした朝対はなにをもたらすのか。つまり、紐帯保有の帰結(Consequence)を検討するネットワーク資源の視点である。

 

ネットワークには資源が埋まっている

強い紐帯の中では、多くの場合、人々は相互にサポートし合う。人は1人ではいきられない。州の人に支えてもらっている。これを「ソーシャルサポート」と呼ばれ、この分野では2種類の「支え」に大別できる。情緒的サポートと道具的サポートである(浦、1992)。

ストレスにさらされて弱い気持ちになる可能性は誰しもあるが、そんなときに、親族や家族として慰めたり癒したりしてくれるのが情緒的サポートである。道具的サポートは問題解決のヒントをくれたり、金銭などのモノの面で「助けてくれる」サポートである。サポートの多くは強い紐帯からくる。

サポートはネットワーク資源である。その人のネットワーク内の他者が必要に応じて自発的に提供してくれる資源である。サポートしてくれる個人とサポートされる側との人間関係に依存した資源である点で、ネットワークという関係性の中にこそ、「埋まっている」資源である。

人間は、人生の時期により、ネットワーク資源の相手が移り変わる。秋山らは、コンボイモデルのことを適格に示している(Antonnuci & Akiyama, 1987)。幼少時から高齢期に至るまでのそれぞれのじきにおいて、サポートしてくれる人は立ち変わり入れ替わり「コンボイ(護送隊)」を久美、時期によってサポートしてくれる機能を果たす。幼少時には両親、成人期には配偶者、親友、高齢期には子供など。

弱い紐帯にもネットワーク資源が埋まっている。強い紐帯には、日常の情報源としてを共有している可能性が高く新規な有用性に欠ける。一方、弱い紐帯は、自分とは異質な情報源を有している。弱い紐帯のもつ「ネットワーク資源」とは、強い紐帯の中には依存しない関係性の異質さや新鮮さ、紐帯人数の多さから来る確率の高さを基盤としている。「コネ」に近い道具的な機会も弱い紐帯を介して流入してくる(小林、1998)。

 

弱い紐帯の基本的な徳性は、紐帯間の相互連結、それと運動する強い凝集性や相互の魅力、アイデンティティーの提供、高い同質性である。強い紐帯は定義上、お互いが密接に連結しており、(結束的{Bonding}なネットワーク)お互いのことを良く知っている。家族や仲良しグループに代表されるように、互いの魅力が高く、その魅力と相互影響・コミュニケーションの結果として、互いの同質性が高く、「われわれ意識」つまりアイデンティティーを共有している。それは、同時にメンバーの相互のソーシャルサポートの重要な供給源となる。これは強い紐帯のメリットである。反対に強い紐帯のデメリットもある。仲間の付き合いを強要されるために新しい友人を作り損なう、という例にみられるように絆の外の人々と出会う機会を減少させ、阻害する。既定の強い紐帯に拘束されることは、他にありえた強い紐帯を獲得し、損なう機会コストも生み出すということである。

 

弱い紐帯のメリット・デメリット

弱い紐帯は、自分の所属するクリークを超えた外のネットワークに接続する相手であることが多く、そのため「橋渡し的(Bridging)なネットワーク」となる役割を果たす。そのメリットは、外部から来る情報の提供、機会の提供の力にある。自分おクリークにはない情報が、他のクリークに高い確率で存在することはしばしば生る。このような外部資源の入手の機会を高めることが弱い紐帯のメリットである。弱い紐帯のもたらすメリットは異質な相手との結合によって生じるため、固有のデメリットも生じる。

弱い紐帯からくる情報の信憑性には問題が生じる。強い紐帯と異なり、アイデンティティーを共有したり、密接な関係にある相手ではないため、手に入る情報資源の信憑性の判断がしばしば問われる。

②強い紐帯との関係性の異質さそのものが、対人的葛藤とストレスの源泉になる。異質な他者とは、よって立つ規範や文化が異なる、マナーが異なるなどコミュニケーションの「ズレ」が生じる。

③定義上、弱い紐帯は強い紐帯よりも広いネットワークであり、直接的なつながりでも強い紐帯の人数よりもはるかに多数存在する。これはネットワークの維持にコストが掛かることを意味する。紐帯を維持していくためには、定期的に関係を保つことが必要に成る。

弱い紐帯がもたらす資源について、他者との競合コストが存在する。同じ資源を手に入れたい人は、1人とは限らない。一方で、他者との競合のない弱い紐帯を持つことは協力である。弱い紐帯は機会の利益をもたらすばかりではなく、情報の独占ルートとして、ネットワーク統制力を持つ(Burt, 1992)。

 

SECTION3 ネットワークで働く力

 

類同性の原理とネットワークの同質性・異質性

「類は友をよぶ」ということわざは、類同性の原理(principal of homophily)として知られ、強い紐帯によるネットワークの1つの基本的な特性である。アメリカ人が、自分にとって大事な話をする相手は、人種、宗教、性、年齢、教育程度などの社会的属性の類似した人同士である傾向が高いことが示されている(Marsden, 1988)。またさらに、一般的に類同性は態度にも当てはまる(McPherson et al., 2001)。

類同性には、①類似しているから互いにひきつけあい、紐帯を結び合うという側面と②紐帯を形成した人々がコミュニケーションを重ねることで互いに類似してくる側面、さらに③類似している紐帯のみ長期間のうちに脱落しないで残るという側面がある。

 

ネットワークの受動的な同調と能動的な利用

ネットワークが「しばる」という議論は、伝統的な日本人の投票行動の議論の中に見られる。つまり、日本ではネットワークが光に発達しており、何党の候補者に投票するかは、選挙の期間中活性化された地域のネットワークによる同調圧力が決め手になる、あるいは地域のボスに対する服従的な行動として投票先が決まる(Richardoson, 1991)。しかし、池田は投票行動を含む日本の政治参加において、このような同調圧力・服従的な行動派20世紀以後は少なくとも一般的ではない(池田、2007)。

 

Chapter 12 マスメディアとインターネット

マスメディアとインターネットの影響力を強調する議論では、マスメディアが説得者であり、視聴者に対して影響力を持っていると前提としている。また、マスメディアの報道の中には特定の人々を導こうとする意図があるかのようにみなしている。反対に、マスメディアが現実の出来事をあたかも鏡に映すように転写して報道していると想定している。これはいずれも誤りである。

①報道は基本的に説得コミュニケーションではない。また、後に見る限り、誘導の意図はマスメディアの基本的な報道姿勢に反する

②報道は基本的に現実の鏡ではない。取材できた内容でさえ、取捨選択して、一貫があるような報道をしている。

 

SECTION1 マスメディアの効果をめぐる多様な視点

ぶれる影響力の見解

マスメディアとインターネットの「強力さ」が人々に最も切実に感じられたのは、不幸にも戦争を通じてである。ヒトラーの宣伝戦、戦時の日本メディアの戦時統制といった一元的な報道が人々を全体主義に突き動かした。

 

マスメディアの限定効果論

20世紀半ばに史上初めて、マスメディアの強力な影響力を実証しようとしたラザスフェルドらのアイデアの卓抜さはよく知られている。①世論調査において、ランダムサンプリングを行ったこと。②同一人物に対して、パネル調査を行った。

人々は大量のマスメディアの野報道に接したにもかかわらず、それによって意見を変えることは少なかった。意見がぐらぐらした人は(15%)、完全に意見を変えた人が8%で、少数派で、『むしろ大半の人は意見を変えるのではなく、強化していた』。つまり、大量のマスメディア報道はどちらか一方を利したり、意見変更を導くよりは、支持への方向性(先有傾向)を強化していた(Lazarsfeld et al., 1944)。その後、「パーソナルインフルエンス」(Katz & Lazarsfeld, 1955)では、マスメディアのもたらす影響力が「2段階の流れ」をとるという仮説を提出した。

これまでは、大衆社会論では大衆は「甲羅のない蟹」であると揶揄されたように、マスメディアからの情報伝播は、人々に情報が直接届くと影響力が自動的に発生するかのように想定されていた。これに対し、説得的であるとして人々が受容したり、投票を決定するような影響力は生じないと明らかになった。オピニオンリーダーが存在し、その人が媒介(吟味する)することで、集団にとってプラスとなるような情報を選択的に集団メンバーに伝える媒介的・間接的な力である。

 

議題設定機能

1972年にマコームズとショーが、地方新聞に見られる記事の重要性の優先順位とその地域の住民が重要だと考える政治争点の重要性判断順位との間に明白な対応関係があると指摘した(McCombs & Show, 1972)。つまり、人は社会や世界についての情報はほとんどマスメディアに依存しており、そのために世の中の進むべき方向性についてマスメディアが強調する情報に頼るだろう。

 

教化効果:培養効果

教化効果(培養効果:Cultivation effect)として検討された。ドラマが強烈な印象のある場面にこだわるほど、そこにはスリルやサスペンス、殺人犯罪が入り混じる。その結果、視聴者が、世の中はそういう恐ろしさに満ちた社会的にリアリティをもったものとしてみるようになる。長時間のテレビ視聴者は、短時間視聴者よりもこの効果があるかを検討した(Gerbner & Gross, 1976)。

 

ライミングフレーミング

テレビ視聴が人間の情報的処理過程に及ぼす効果を検討していった(Iyenger & Kinder, 1987; Iyenger, 1991)。その効果をプライミング効果、フレーミング効果と呼ばれる。

ブッシュ大統領は、湾岸戦争によって、クエート進行後のイラクフセイン大統領の立場を大きく弱めたことで知られている。戦争にいたる3つのじきで大統領の評価要因を検討したところ、進行前の時期には、経済政策のウェイトが大きく、大統領の全体評価はひどい経済運営と評価を下げられていたが、侵攻後の開戦準備期間や戦争中には、外交政策が重いウェイトを持つようになった。戦争報道の膨大さによって、戦争と言う争点が大統領の全体評価のなかでプラス方向に「プライム(点火され)」、彼の外交政策インパクトを強めた。マスメディアがある争点を心の中により顕出的にする(認知しやすくなる)のが議題設定だとすれば、争点や候補者について視聴者が評価判断時に考慮する内容をマスメディアが形作るのはプライミングである(Scheufele & Tewksbury, 2007)。

アイエンガーは、さらに報道の枠組み提示によって、視聴者に異なるインパクトが生じることを示した(Iyengar, 1991)。これをフレーミング効果と呼ぶ。例として、①経済指標を用いた経済報道は、行政的に対処すべきと判断されるのに対し②個人の失業がテーマであると、個人がどうにかする問題だと判断した。つまり、同じ問題でも、フレームが異なるだけで、印象が違うのである。

 

SECTION2 送り手により作られる情報環境と情報処理する受け手

情報環境

マスメディアは、ニュースを通じて、私たち人間の情報環境を作り出している。ここでいう情報環境とは、耳目に飛び込んでくる外界の自然的・社会的な現象を情報伝播する環境全体をさしている。しかし、それは私たちの自然的・社会的環境そのものではない。何らかの形の選択・編集を経て、世界で生じていることが選び取られ、変容して伝えられたものである。これをマスメディアの擬似環境という。

情報環境は、人と接することでも出来上がり、それを対人情報環境という。ソーシャルネットワークは私たちにとっての対人的な情報環境である。つまり、対人的情報環境はあなたに届く情報を妨げたり、偏らせたりしている。インターネットは、マスメディアよりも能動的な情報収集の手段であり、あおのために意図的に送り手側のバイアスを回避する可能性を持つが、反対にそれは受け手のバイアスを強化することになる。情報の取捨選択は、マスメディアだけではなく、個人でも行っている。過去の「マスメディアの利用と満足」研究からも明らかである。対人的情報環境を構成する友人の選択・非選択過程にも情報環境の選択が関与している。

 

情報処理する「受け手」

メディアに対して、能動的・選択的に接触しているはずという選択的情報接触仮説につながる。人々は、自分の志向性と異なる情報に出会う機会を減らしやすくなっている。ソーシャルネットワークの同質性・異質性問題であるが、異質性の低い、同質的な情報環境に人が住まうほど、その信念は自己教化され、異質な考え方に非寛容になる危惧が生じる。

 

制度的送り手と非制度的送り手

マスメディアは、そのマス性から選択的中立性を示す。できるかぎり広い範囲の人々に接触してもらうという偏在性と大衆性を有することで商業的に成り立つメディアでもあるためには、対立する場合については、片方だけを報道することは困難である。「公共性」を帯びている以上、普遍性という枠組みからは外れられない。

インターネットは実に混沌とした環境である。信憑性に関しては、いつも保障されているものではなく、読む側の判断に委ねられている。

 

SECTION3 対人的情報環境との交互作用

インターネットがもたらした新しい情報処理課題

日常的に閲覧するニュースはどんな形で入手するのか、同じ出来事でも異なる論調のニュースのどれかを信じるのか、能動的に選ばなければいけない。自ら他者に向けて発信するときにも、クローズドナMLをつかうのか、オープンなソーシャルネットワークを利用するのか、選択しなければいけない。この点でカスタマイズ可能なメディア(池田、1977)である。この結果、人間の側に選択と情報処理、信頼性などのリスク判断を課している。

マスレベルの情報環境として、マスメディアとインターネットの情報は相互に乗り入れしており、お互いに受容と反発の関係にある。両者の情報環境の最大の相違は、インターネットが無数の対人的なレベルの集団を包摂することで対人情報環境の一部を構成していること。マスメディアは情報の受け手に対して、直接的にさまざまな強力効果をもたらし、オピニオンリーダーなどの対人的な環境を通じて限定効果をもたらす。一方、インターネットは参加とカスタマイズを通じて、対人的な情報環境の一部を構成する反面、その情報処理機能と情報の多様性から、検索と選択的情報接触の際立つメディアである。

 

人間の拡張処理機能能力を拡張したか

検索結果として生み出される膨大な情報量が情報オーナーロードをもたらす。膨大な情報の大海からの検索や信憑性選択の結果として、自分の傾向性に一致した情報のみ選択しかねないバイアスがある。カッツらは、インターネットは自分と異なる反対意見の回避を可能にするエゴメディアであり、実際新聞閲覧者・テレビ氏調整などに比べてインターネットユーザーの選択的接触傾向は高いと実証した(Katz & Rice, 2002)。反証もある。

アメリカ大統領選挙におけるインターネットの役割を全国調査によって検討したところ、自分の支持する候補者や戦争・経済・文化の主要争点に関す関連する際と場から見て回る有権者は多数派ではなく、多くの人が対立する立場のサイトも訪問しており、選択性は高くなかった(Horrigan et al, 2004)。

また、インターネットは人間の知識や知恵を拡大し、集積する機能がある。

①反証・反論ルートの存在が知識提供の手続き的公正さにつながる

②正しさに対する支持と互酬性規範(Norms of reciprocity)の存在

③検索機能の充実と情報提供に対する評判(Reputation)の仕組み

 

人間の社会的制約を拡張したか

インターネットは、社会的リアリティを支えるメカニズムが欠如しがちで、それがネックとなる(池田、2007)。社会的リアリティは3つの層により支えられている①社会的な制度が支える層②対人的なネットワークは支える層③社会的信念が支える層である(池田、1993)。CMCComputer mediated communication)研究の分野では、①インターネットという文字中心のコミュニケーションが他者を説得したり、豊かな情緒を伝える反面②少なくとも、対面コミュニケーションと遜色のないリアリティ伝達の媒体になりうるかが議論されてきた。

非言語的な手がかりが豊かではないインターネット上のコミュニケーションでも相互作用を重ねることで問題を解決できる(Walther, 1992)。また、こうしたインターネットコミュニケーションは、電子媒体の中で記録され、後から参照可能なため、リアリティを助ける要因となり、強固な人間関係の形成に役立つ(宮田、2005)。

また、ノリスはアメリカの世論調査を基に、インターネット上のグループへの加入が人々を異質な弱い紐帯へと結び付けていることを示した(Norris, 2004)。加えて、オンライン、コミュニティの利用経験はそういった他者への信頼感や異質な意見に対する寛容性を高めることが示唆されている(小林・池田、2008)。

 

Chapter 13 信頼と参加

ネットワークと並んで信頼は、社会を支え、動かす。それぞれのネットワーク構造のあり方や人びとの間の信頼と互酬性のあり方が、私たちを社会的に関与させ(社会参加)、また個人の利害を超えるような社会的アウトプットをめざした政治参加を生み出す。そして社会参加それ自体も政治参加を促進すると同時に社会的アウトプットを生み出す。その為には、安心の仕組みが必要である。法律や社会的な評判は「監視」的な役割によって社会的に逸脱行動を抑制する。また言論や集会結社の自由を制度的に保証することで、反対意見の表明を含む政治参加を促し、それが他者への寛容性を生み出す。こうした監視や制度が社会を好転させ、望まれるアウトプットを生み出す安心の仕組みとして社会関係資本と相互補完的に働く。

SECTION1 社会参加と政治参加

参加は人から押し付けられる、関わりたくないもの、めんどうなものというイメージが

伴う。あらためて参加(Participation)とは何か。アーモンドとヴィーバーによると、参加

とは社会の成員が社会システムないし社会のなかにある単位に対して、そこからなんらか

のアウトプットを得ることを目指して、ある形のインプットを行なう行動(Almond & Verba,

1963)。

①社会参加:何らかの自発的な団体や組織(ボランタリーや中間集団)への関与でとそこ

での活動である。

②政治参加:政治システムに対して、影響を与えることを目的とした集団的・個人的な活

動である

例えば、地域の自治会活動への関与は地域の生活を向上させるためのインプットととして

社会参加の最も広範な活動形態の1つである。同窓会やサークルもこうしたものとは対極

に見えるかもしれないが、良好なアウトプットをもたらすという点で社会的な活動の類縁

として考えられる(Putnam, 1993)。

政治参加の代表的な形態は「投票」である。社会的アウトプットととして候補者を当選さ

せたり、政策を変更させるという明らかな「成果」を目指すものである。

 

SECTION2 社会参加のメリット

ネットワークに参加し、活動することを通じて、他者の行動や考え方に対する信頼(Trust)、

相互の協力をはぐくむ互酬性(Reciprocity)、異論への寛容性(Tolerance)、コミュニケーションスキル、そして集団運営への関与(Commitment)を生み出していくことができる。

 

社会関係資本

水平的なネットワークを持つボランタリー組織・団体の中では、信頼と互酬性規範、社会参加が生じやすくなることを強調し、これらを一括して社会関係資本Social capital)とよんだ(Putnam, 1993)。どんな組織でも、社会関係資本が生み出されるのではなく、ネットワーク構造や信頼と互酬性のはぐくみ方に依存しているのである。その結果、他者一般への信頼や肝要さが芽生え、政治参加や社会システムへの信頼など民主主義にとっての「徳」をもたらす。つまり、社会参加すること、また参加する中で他者への信頼や互酬性を学ぶこと、それらが社会性活全般に一般化され、プラスの効果を持つ。

パットナムは、イタリアでの1970年代の自治体の分析から明らかにした。ある地方は、地方政府に対して、市民の満足度も高く、行政が市民の問題表明に対応してくれると認識され、自立的な政治参加も促進されるのに対し、他の地方ではならなかった。水平的なネットワークをはぐくむ市民コミュニティ、なかんずく活発なボランタリー組織の中に見出される自発的な共同の有無が差異の原因であると明らかにした(Putnam, 1993)。20世紀のアメリカ社会の問題は、アメリカンコミュニティの衰退に由来するものだと論じた(Putnam, 2000)。

 

社会関係資本の「ダークサイド」

社会参加しても、マイナスの自体が生じる場合が依然として存在する。

肝要、信頼、満足、発展といった社会関係資本の「サニーサイド」がもたらされる場合だけではなく、不寛容、対立、偏見、排斥という「ダークサイド」の部分も生じるネットワーク活動が存在し、これらにも目を向けるべきという批判である。

ソーシャルネットワークと信頼で結ばれたコミュニティが、さまざまな出来事に対処する中で、外集団の人びとや異質なない集団成員を排除したり、内集団成員に過度な要求を突きつけ、自由を制限しかねない(Portes, 1998)。

逆の知見として、異質な人びととの接触によって、政治参加が促進されるという研究をも多い。

 

SECTION3 信頼及び制度的な「仕組み」が持つ意味

人にとって、制度はどんな制度なのだろうか。社会や政治の仕組みである制度もまた、私たちが念頭に置いて行動を調整する対象である。例えば、異なる選挙制度では、投票行動も変わる。行動を促進するのもまた制度である。普通選挙制度は成人を有権者として指定し、投票日を通知し、政治参加を促進する側面を持つ。つまり、この制度は参加しやすさという社会的な誘因を作り出している。

 

信頼と安心

医者を例にみていく。

①過去の受診経験からこの医師は頼ることが出来る

医師個人に対する人間関係的信頼

②医師としての使命感や倫理から治療に最善を尽くしてくれると信じている

医師と言う職業に対するカテゴリー的信頼

③一人の人間として、良心から医師は助けようとしてくれる

人間性に一般に対する一般的信頼

④周囲の評判からこの医者は頼ることが出来る

評判に基づく信頼と安心

⑤医師免許もあり、法的・社会的に罰せられるリスクのある治療行為はしない

制度的な安心

⑥失敗しないような構造的仕組みが医療器具にあり、患者は安全である

フェイルセイフ・フールプルーフという物理的な安心

 

安心を支える仕組み

安心は、「相手の自己利益の評価に根ざした」行動への期待が安心である。罰せられると言う自己利益に反する行為は、相手は回避したがるだろうという期待にも基づき、相手が悪意ある行動はしないと信じるのである。制度的な安心はその性質上、監視の仕組みを必要とする。つまるい、罰する可能性を担保するためには、違法行動を監視してチェックし、罰を与える可能性を行為する側に認識させなければいけない。これが「監視コスト」である。フェイルセイフは「失敗しても安全へのバックアップがある」という仕組みであり、フールプルーフは「うっかりしたり、頭が混乱しているような条件下でも安全が確保できる」という仕組みである。

 

信頼を支える仕組み 上記の①②③を信頼とよぶ。

①信頼の判断が支える仕組み

信頼は、不確実な状況で私たちの判断よりどころとなる。つまり、安心をもたらす監視の仕組みだけでは不十分であったり、制度的な枠組みがそもそも存在しないような不確実な状況がある。なお④にあげた評判(レピュテーション)は信頼の側面と安心の側面の双方を持つ。医師の例でも、評判が上がれば繁盛、おちれば誰も利用してくれなくなるという社会的な賞罰により安心が作り出される一方、評判は「信頼」の代名詞である。これを山岸は評判の「統制機能」と「情報機能」と呼ぶ。

信頼とは、安心を提供する制度的仕組みの限界を超えたところ、あるいは制度的仕組みが不在の状況で、さらには制度的仕組みを補う形で機能する。それは安心の上に成り立つ薄皮のようなものではなく、社会が低コストで効率よく機能するための柔軟な接着剤である。

制度はコストを伴う監視を要求するが、何時でも可能なわけではない。また、あたらしい不確実な状況では、制度の提供可能性が限定される。そのため、信頼が必要なのである。

 

②未知への他者への信頼

山岸は、他者を信頼しやすい人は、道の他者に対する判断能力も長けた人であることを示している。未知の他者の信頼性に対して働く判断を一般的信頼という。知人や職業に対する信頼とは異なる。友人が信頼できるかは過去の交際から判断できる(人間関係的信頼)。また医者が信頼できるかは、医師と言う職業から判断できる(カテゴリー的信頼)。

一般的信頼が上手く機能し相手が信頼するに当たるか否か「見分ける」ことができれば、未知の相手との資源の交換や共同を手がける不確実性〈リスク〉が減り、判断の結果は手堅いものと成る。力を合わせた医師決定も促進される。社会参加や政治参加のおいて異質な他者との協力が促進されるのも一般的信頼のもつ関係系勢力のたまものである。

一般的信頼が特に有効なのは、弱い紐帯や未知の他者との間での資源交換をする場合である。強い紐帯やボランタリー組織では、監視による安心が機能し、人間関係的信頼で判断できるため一般的信頼は問題にならない。

 

 

 

 

 

SECTION4 制度に対する信頼

 

信頼と安心とはこのように、制度というしくと大きく関わりながら機能しているが、その構図は制度に対する信頼(制度信頼)により大きく変わる。

①制度的信頼の構造

対人的な信頼は安心と区別され、安心は制度が作り出していたが、これからの議論は制度に対しての信頼である。

社会保険制度を例に考えてみると、制度を運用する職員に対するカテゴリ-的信頼の欠如と、制度的な仕組みや性能が想定どおりに機能することへの信頼の欠如という重層的な信頼問題がある。

②制度・信頼の範囲

政府に対する信頼、マスメディアに対する信頼、選挙に対する信頼を人間は判断している。制度への信頼が低下すると、例えば、どんなに投票しても信頼できる行政負ができないような政治参加の状況は、選挙にいくよりも自分の生活に専念したほうがよいと考えるようになる。

③制度信頼と参加の3重の可能性

制度信頼と参加との関係には、論理的に3重の可能性がある。信頼できない政府に対して、①選挙に参加して抗議の声をあげ、政権交代を行なう。

②私生活に閉じこもる。

③政府は信頼できるから、自分は参加しない

制度への信頼が強いほど、一貫して社会参加、政治参加をしやすいと指摘している(Norris, 1999)。

一人ひとりの行動がコミュニティを動かしたり、社会全体を変えていくことをマイクロ=マクロ問題という。

 

Carpter 13 世論と社会課程

SECTION1 世論に対する人々の意識

世論と聞いて思いがだされるには、世論調査結果がマスメディアにより、つたえられることだろう。近代の市民社会研究においても、世論は重要視されてきたが、政党や政治家の政策について熟考した市民たちのまとまった意見こそが世論であるとされ、熟考を経ていない大衆の意見は世論の質をおとしめるものとして非難の対象であった。しかし、まともな市民と「愚民」をいかに分類するのか、「エリート」市民の意見は正しいのか、という問題は尽きない。

世論は熟考されていないのか

なぜ人々は社会の問題を認識し、またそれらに意見を持つことが可能なのか。マスメディアの情報に大きく頼りはするものの、それのみならず周囲の他者とコミュニケーションやインターネットなどの代替的情報源を通じて、市民は多面的に情報を得る傾向がある。

 

世論の定義

キンダーは、「世論とは、公権力の行使に関わる対象を巡って、多様に生じる意見であり、しかもその意見の質はさまざまでありうる」(Kinder, 1998)。加えて、「その意見は公的に知られ、多くの人の利害に関わる公共的な問題を対象としており、そして対立する意見の間で多数は形成をめぐって政治的な議論の対象となるとき、それらの意見の総体や動向を世論とよぶ。(池田、1998;安野、2006)」。

具体的に言えば、政策の是非に関連する社会的争点への意見、政権の運営を巡る内閣や大統領のしじ、投票の方向性への問題認識は世論の姿である。

 

SECTION2 世論察知のメカニズム

世論は、人々の意識の中で、社会的な問題の解決や希釈の方向の手がかりとして共有して認識されており、そうした公共的な事象の手がかりだという理由で関心の的なのである。

しかし、政治に関わることは、多くの場合、私たちの日常生活の中では、「サイドショー」(Kinder, 1998)

 

ソシオトロピックな認識のもたらす力

自己の利害の認識をエゴセントリック(Egocentric)な認識と呼ぶのに対し、社会全体の動向認識はソシオトロピック(Sociotropic)な認識と呼ばれる。つまり、ソシオトロピック

な認識は、自分の利害についての認識ではなく、社会全体の利害に目が向いた認識なのである。

人々は、自分の経済的利害で投票したり争点についての意見を持つというよりは、政治的なシンボルにたいしてより強く反応する。ここでの政治的シンボルは「リパブリカニズム」といった政党支持に関連するシンボルであり、ナショナリズムや人種差別のような価値観と偏見の混合で合ったりする(Sears & Funk, 1991)。つまり、シンボルとは、政治を1つの視点からまとめる伊方を直感的に示すイメージである。

具体的な例は、シアーズらの「カルフォルニア州減税反乱」の調査によく見える(Sears & Citrin, 1985)。この反乱は、1978年、カルフォルニア州の固定資産税を巡った住民投票の中で、減税派と政府側との間の軋轢の結果生じた。釈迦全体の利害に適う「自助努力」と「小さな政府」とを強調するリパブリカニズムのシンボルが喚起され、公共サービスの受益者が州財政を浪費させているのを正そう、税金投入で得ている既得権を許すな、という投票行動を導いた。ここからヒューリステックな認識の限界も見える。標的にされた公務員の非効率性はどこまで事実化、減税賛成派人種偏見に基づく攻撃行動ではないか、という問題をふくみの認識の構図を投票者は十分意識していない。その問題は直感的な波及力を持つリパブリカニズムのシンボルによって覆われていた。

 

将来期待と業績評価

投票者は、この国の将来を「まし」にしてくれると期待をいだかせる候補者に投票したり、あるいはこれまでの政府の実績は良かった、悪かったというような単純化された業績評価によって投票する行動に表れる(Fiorina, 1981)。

これらは将来期待投票(Prospective voting)、業績評価投票(Retrospective voting)と呼ばれる。両社の共通点は、有権者の政治について判断が過去ないし未来の方向に単純化され、個々の争点の立場や個々の政策領域の業績を子細に吟味する異常に、「この候補者は将来に期待をもたせてくれるか」「この政党はこれまで良い仕事をしてきたか」というような簡略化されたヒューリステックな判断をする点にある。

 

政治のアクターとしろうと理論、政治的効力感

政治の動向を理解するためにも、私たちはしばしば単純化された認識を持っている。「政府」「政党」はあたかもそれぞれが1つの意思を持った能動的な存在、つまりアクターであると認識される(池田・西沢、1992)。現実には、政府は複雑な組織を持ち、それぞれの会組織は政党などとの相互影響関係の中で政府として意思決定を行うのであるが、有権者はこれを単純化して、1つの政治的アクターとして認識する傾向を持つ。

このような認識には、「自民党だからこうふるまうだろう」「民主党はこう決定するだろう」というようにアクターの行動や認識やその結果の予想は、単純化された概略的で、専門的にみると偏りや誤りを含みうるしろうと的な「理論」である。

 

政治的効力感(political efficacy

内的な政治的効力感:自分の政治的名意思表明がもつ影響力を信じている。あるいは、影響力を発揮する経路があるという信念

外的な政治的効力感:自分たちの意思表明に対して、政府や政党がきちんと反応するだろうという認識。つまり、代理人が有権者の意思にこたえてくれうかという認識。

 

SECTION3

認知的情報プロセスとしての世論

何が「ゆがみの少ない情報」かということについて、社会的に合意された安定した基準はない。報道するに当たり、必ず選択を強いられる。その選択過程では、議題設定、プライミングフレーミングという現象が生じる。

さらに報道以外の要因が入るときは、より複雑な現象が生じる。2004年、アメリカ大統領選挙時に現職のブッシュ大統領が支持率の一時的な回復に成功したのは、コカコーラの10倍にもなる膨大な政治CMによって、9.11同時多発テロイラク戦争が引き起こした恐ろしい外界の参字からアメリカを守るブッシュ像にダブらせるプライミングに成功した可能性が指摘できる(Richey, 2008)。この政治CMは世論にゆがみをもたらしたといえる。

選挙時の報道の中で世論調査結果が伝えられ、勝ちそうな陣営が予想されると、強いアナウンスメント効果によって、弱いほうに肩入れする半官びいきが働き、その陣営に苦境がもたらされるという説には、東西を通じて有力な支持的証拠はない(池田、2000)。

メディア間の相互乗り入れ自体が一般化し、このことが選択的情報接触や情報の信憑性の判断にも、世論を支える集団である公衆争点(Issue public)にも影響を与える。

 

知覚問題としての世論

21世紀冒頭に5年間続いた小泉内閣の中で、最終的に世論の支持を受けた郵政民営化争点1つをとりあげても、膨大な報道にも関わらず、有権者の理解度には差が合った。

争点の論理的な理解と情緒的な理解、公衆と大衆、知識ある市民と無知な市民といった対立する概念があるが、そこでも争点の理解が不十分な市民でも適切な情報処理が可能となる条件を探る必要がある。

①保革イデオロギー

イデオロギーをスーパーイシューと呼ぶことがある(Dalton, 1988)。これはヒューリステックな側面を上手く表している。個々の細かい争点ごとに様々な対立が見られても、実はそれはそれらは政治的イデオロギーの点で保守か革新かの違いに縮約されて多かれ少なかれ反映される。つまり、ある主張が保守革新のどちらか判断できれば、容易にその立場への賛否を自分の保守革新の立場にどれだけ近いかということだけで決められる。ただし、保革イデオロギーによる判断は、ヒューリステック=判断の簡便方であるが故に、判断のゆがみ、誤り、困難さを潜在的に抱えている。

 

②他者は情報処理の負荷を軽減する

オピニオンリーダーが知識の媒介者となることは、既に紹介したが、他者からの情報を利用しつつ政治についての判断を効果的に進めている(IKEDA & Richey, 2005; Huckfeldt, 2001)。ハックフェルトは、1998年尾アメリカ大統領選挙の調査を通じて、政治について話をする相手の知識の有無を有権者がよく理解していること、価値ある政治情報をもつ他者を探し出して、その人からの情報を重く用いていたこと明らかとした。また、他者は自分と類似した人であるから、政治についても意見が一致しやすい。しかし、たいていの場合、周囲には意見が一致しない人が存在しているため、情報処理の負担になるかもしれない。違う意見と出会えば、それを理解するために頭を使うからである。

しかし、異なる意見に出会うことは民主主義の本質でもある。政治とは、異なる意見を持つ他者と意見交換し、その中から合意できる案を建設的に導いたり、多数派の意見が採用されても、少数派が迫害されたり、暴力を犯さないことは前提となっている。他者の議論を知ることが、「パースペクティブシンキング」を導き、異なる意見に「寛容」になりことから、自分の議論に磨きが掛かること(デリバレーション)が知られる。

 

SECTION4 世論のマクロなダイナミクス

社会的な争点が公然のものとなり、公的な注目を浴びると、その争点を巡る世論形成過程が進行し始める。その過程が進行すると、公的に表明されていた意見が多数派形成に成功する場合がでてくる。ノイマン沈黙の螺旋理論(Noelle, 1993)が知れている。世論とは、ある政治的意見が人々の耳に聞こえるようになって多数派形成が進むと、とう前提からはじめる。そして対立する2派がそれぞれ自説を主張する中で、どちらより多数と聞こえるかが重要な契機となる。この結果、郵政と認識した人の声ばかりが公的な意見表明としてよりいっそう聞こえるという変化を招く。逆に劣勢は沈黙しがちになる。この状態が進むことによって、わずかな勢力の差異であっても、結果として大きな差異が生み出され、小数は形成が進むことになる。しかし、世論は少数派の人々を支えるのは少数派であるため、残存し、彼らは相互に自分たちの立場を強化しあい、外部からの影響を比較的受けにくくしている(安野、2006)。